印鑑の歴史

日本は印章文化だと言われていますが、「印鑑」はいつからあるのかご存知でしょうか?
改めて印鑑の歴史を見ていきたいと思います。

印鑑とハンコ

印鑑の歴史を始める前に、印鑑とは何かということを確認したいと思います。

 印章:いわゆるハンコの本体のことです。木やプラスチック、金属などでできています。

 印影:ハンコを押した結果、紙におされる模様のことです。

 印鑑:ハンコを押した結果、紙に残る印・模様。 印影をまとめた一覧の名簿。

ハンコ本体のことを印鑑と呼ぶことがありますが、本来の意味では間違っています。ですがここでは分かりやすいように、一般的なハンコ本体のことを「印鑑」と呼んで説明していくことにします。

印鑑の起源

印鑑の歴史は非常に古く、6千年にもおよぶと言われています。
発祥は紀元前四千年前、世界で最初の文明であるメソポタミア文明とされています。

権力者しか持つことが許されなかった

当時の印鑑は、石や骨など円筒形の外周に絵や文字を刻んで、粒土の上で転がして使用するものであったと考えられています。
このような印鑑を紐に通して首からかけて身につけていたようです。
書簡を封印する際に使用する目的から、高い地位を示す権力の象徴であったとも言われています。

中国で印鑑制度確立

印鑑はやがてエジプト文明、インダス文明、中国文明など世界各地へ広がっていきます。
西は、ギリシア・ローマを経て欧州各地に影響を与えましたが、欧州では印鑑を押すという制度も習慣もほとんど残されませんでした。

一方、東の中国へ伝播したのは約2,200年前、奏の時代になります。中国の統一を果たした始皇帝が、官印の制度(印章制度)を定め、大きく発展を遂げました。その時に文字の統一も行われ、今でも印鑑などに使用される「篆書体(てんしょたい)」の基本ができました。

中国から日本へ

漢の時代に更に印鑑が盛んになり、皇帝から官史や将軍に信頼や統治の証として印鑑が授けられるようになります。
福岡県志賀島で出土した「漢委奴国王」の金印(国宝)も、同様に贈られたものになります。

日本での印鑑

日本での印鑑の文化がいつ頃から印鑑が使われ始めたのか、明確な資料が無いのですが、最初から広まった訳ではなく一部の権力者のみが使うという文化であり、一般庶民は印鑑を持つことさえ出来なかったと考えられています。

日本史でおなじみの…

日本に存在する最古の印は先程ご紹介しました「漢委奴国王」の金印といわれています。
5世紀前半に中国で書かれた「後漢書東夷伝」の中に、後漢の光武帝が、紀元57年に、倭の奴国に印綬(役人の身分を証明する印と、それを身につけるための組み紐)を授けたことが書かれています。

日本で印鑑制度が整備されたのは、大宝元年(701年) 奈良時代に中国(唐)の方式を基準として制定された「大宝律令」からと言われています。支配者の公の印としてのみに政府や地方で使用されて、個人で製造・使用することは禁じられていました。

平安時代になると貴族も個人の印鑑を使用することが許されるようになります。鎌倉時代には中国(宋)との貿易によりいろいろな文化が導入される中、僧侶などが書画に使用するための「落款印(らっかんいん)」なども流行していきます。

いまも作品に使用されている落款印

戦国時代に入ると、武将たちがそれぞれ権力と威厳を表現するため趣向を凝らした私印を用いるようになります。織田信長の「天下布武」印、上杉謙信の「地帝妙」印、豊臣秀吉の「豊臣」印などが知られています。

約四百年前にポルトガル人が渡来し、鉄砲といっしょに印章篆刻技術が伝わったともいわれています。南蛮品を好んだことで知られる織田信長は全国から100名の職人を集めポルトガル人講師の下で講習させて特別優秀な三名に「細字(さいじ)」の姓を与え、帯刀を許したのがわが国「印章師」の発祥であるといわれています。

江戸時代には商業や貨幣の発達に伴い、帳簿類の整備が進み、印鑑の使用が習慣化して庶民に普及していきます。

1873(明治6)年10月1日、「本人が自書して実印を押すべし。自書の出来ない者は代筆させても良いが本人の実印を押すべし。」と太政官布告にて公式の書類に署名と実印を押すよう制度を定められました。これが、現在の印鑑登録制度が導入されるきっかけとなりました。

また、このことを記念して毎年10月1日は「印章の日」と定められて全国で記念行事などが行われています。

世界の印鑑

今日、印鑑を使う国は世界にどれほどあるのでしょうか?

欧米 アメリカ・ヨーロッパはサイン文化であり、印鑑を使うことはほぼありません。
印鑑の発祥・メソポタミアで使われていたように、書簡を封印するための「シーリングスタンプ」が残る程度です。

一方、東のアジア地域はどうでしょうか?

印鑑の文化は中国から日本に伝わりましたが、中国では印鑑制度は存在していません。中国では、落款印などの趣味の印鑑として楽しまれていますが、印鑑を押す習慣は無くサイン証明の制度がとられています。
1914年に韓国が日本の印鑑制度を導入しました。同様に1906年に台湾でも導入されています。

日本に旅行に来られた海外の方が、記念やお土産に印鑑を購入されるということもあるようです。

印を捺す意味 とは

スケールの大きな話になりましたが、大切なシーンで使用するという意味では変わりないことを再確認できたと思います。
最後に「印を捺す」という意味を改めて考えてみたいと思います。

多くの方が思い浮かべるのが「この文章を私は承認しました」という『本人確認』のためではないでしょうか? 実はこれは不正解です。
正解は『意思の担保』になります。すなわち、押印した書類の内容を承認した証拠(担保)として相手に差し出すことを目的に捺すのです。相手に渡さなければ意味を成さないもの なのです。

6,000年も前のメソポタミアで発祥した印鑑。
高い地位の権力者しか持つことを許されなかった印鑑。

現在のわたしたちが捺す印鑑について、改めて思いを巡らすきっかけになれば幸いです。